新聞案内人詳細

2011年03月08日

川本 裕子 早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授 経歴はこちら>>

数字の「魔性」に注意を(1/2)

 政治や経済などの社会事象を正確に理解することは公共空間での議論の出発点だが、できるだけ数量的なデータで客観的に事象を捉えることが大変に大事である。このため、新聞記事にも各種統計数字、調査結果などがよく登場する。報道する側からは記事の根拠として説得力を高めることが目的だが、数字の持つ威力は十分慎重に考えるべき場合も多い。解釈次第、説明次第でむしろ数字によるメッセージが実態をゆがめてしまう可能性もあるからだ。客観的報道に数字は欠かせないが、数字の「魔性」にもよくよく気を付けなければならない。

○「注目すべき数字」を正しく使っているか

 たとえば、「高齢者の交通事故が増えている」「転倒事故が増えている」「犯罪が増えている」「○○が増えている」といった類の記事で○%増加、などと数字の根拠が示されることがある。しかし、現在の日本では高齢化が急速に進み、高齢者の絶対数も増えているわけだから、ある意味当然の話ともいえる。高齢化が急速に進む中で必然的に起こる現象ならば、単に「増えている」ということで大きく扱う必要はなさそうだ。他方、高齢者の事故や犯罪に特徴的なことがあったり、以前よりも高齢者が活動的になって、高齢者人口の中で交通事故をおこす人の比率も増えた、などの事実があればニュースかもしれない。社会として注目すべき数字は、絶対数(母数)に比べて比率が大きくなっているのか、ということではないか。

 カギとなる数字を出すかどうかで記事のメッセージが大きく変わってくる場合もある。先日、改正貸金業法の結果の調査で「3割が希望額の借り入れができなかった。その対処としては『支出を控えた・諦めた』が59%で最も多く、『親戚や友人に頼った』が24%、『銀行のカードローンで借りた』が12%などだった。金融庁が問題視していた『ヤミ金融を利用した』は0.3%だった」という記事を見た。副大臣も「データ上は、ヤミ金融の利用は当初心配していたほどにはなっていない」とコメントしていた。他方、それから間もなく書かれた同じ件に関する記事では「3割が希望額の借り入れができなかった。その対処として支出を控えたか、あきらめたが6割」までは同様の引用だったが、その後「資金繰りが悪化し、ヤミ金融に手を出す消費者が増えかねないとの声も出ている」と続いていた。0.3%という大事な数字を落とす理由はよくわからず、方向も先の記事とは異なっている。

 見出しの書き方も非常に重要だ。調査の結果、「老人の3割が孤独感」と書いてあると、孤独が強調される結果になるが、仮に同じ事象を「老人の7割は孤独感に悩んでいない」と書けば、読者への伝わり方は違ってくる。性急な割り切りを客観的データによって防ぐという観点からも、見出しの見方には気を付けた方がよさそうだ。

  →次ページに続く(世論調査の数字)

新聞案内人コラムへ投稿する

前回の新聞案内人

松山 幸弘
松山 幸弘 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 経歴はこちら>>

医療を成長戦略に生かしたいのなら

 今回は政府・民主党が新成長戦略で掲げる“医療による経済成長”について考えてみたい(ポイントは2010年6月18日の閣議決定「『新成長戦略』について」参照)。・・・>>続き

2回前の新聞案内人

加来 耕三
加来 耕三
歴史家・作家

超特急「つばめ号」を生んだ結城弘毅

 あと一ヵ月ほどで、九州新幹線の新規区間が開業する。筆者の関心は、新鳥栖を過ぎて迎える、約12キロの九州新幹線最長の筑紫トンネル――勾配のきつい坂を、8両編成の全車両に備えた強力モーターが、一気に駆け・・・>>続き

3回前の新聞案内人

池内 正人
池内 正人
元日本経済新聞経済部長・テレビ東京副社長

「学校・病院の耐震化」の優先度を上げよ

 平和な街クライストチャーチを襲った大地震は、思わぬ悲劇を惹き起した。ニュージーランドは有数な地震国であり、建物の耐震規制はむしろ日本よりも厳しい。それなのに倒壊してしまったCTVビルは、規制が強化さ・・・>>続き

ご購読のお申し込み

3紙おすすめイベント

特集・座談会シリーズ

シリーズ座談会「日本のビジョン」
 シリーズ座談会「日本のビジョン」、第4回は「震災復興の今と課題」。朝日、日経、読売3紙の現地編集トップが被災地の生の姿を語り合いました。
出来事ファイル 2008-2012年
あらたにす開設以来の月別主要ニュースを号外と写真を中心に振り返ります。
少年の主張全国大会(わたしの主張2011)
全国の中学生による2011年「少年の主張」全国大会の模様をお伝えします。
シリーズ座談会「日本のビジョン
三紙の論説、編集委員が徹底討論。第3回は混乱する日本政治の再生を考えます。
JGA 3大オープンゴルフ特集
9月29日スタート!ゴルフ3大イベント「日本女子オープン」「日本オープン」「日本シニアオープン」を特集します。
シリーズ座談会「日本のビジョン」
朝日・日経・読売の編集委員が徹底討論。第二回は財政や税、復興資金などを多角的に考える「どうする復興財源」です。
シリーズ座談会「日本のビジョン」
朝日、日経、読売の論説・編集委員が徹底議論。第1回は原発事故を経た日本のエネルギー政策。
「2011年の世界」3紙座談会
国際問題担当エディター・編集委員が2011年の世界の注目点を議論しました。
【特別リポート】欧州財政再建と市民-英国の現場から
福祉切り下げや増税など、痛みを伴う改革への市民の反応を報告します。
3社論説トップ鼎談2010
鳩山政権が初めて迎えた新しい年。直面する「政治とカネ」「日米関係」「デフレ」などの問題に議論を交わしました。
麻生内閣総理大臣と鳩山民主党代表による党首討論(2009年8月12日)


3社論説トップ鼎談2009
あらたにす開設1周年 今年も論説委員会トップ3人が激論。
3紙「年金提言」座談会
老後を支える年金制度の改革案を議論しました。
2008年 3社論説トップ鼎談
社説を書く論説委員会トップ3人が年頭に激論。

あらたにす便り